大学生活の中で、たった一つの「うっかり」が大きな問題に発展することがあります。私が大学1年生の秋に経験した「授業料免除申請の提出忘れ」は、まさにそれでした。
この出来事は、ADHDの特性と向き合うきっかけとなり、合理的配慮という考え方に触れる大きな転機にもなりました。
■ 申請を出し忘れた夜
授業料免除の申請期限は9月30日。ですが、私は「10月30日締切」だと勘違いしてのんびりしていました。
気づいたのは10月3日の夜8時半。すでに期限から3日が過ぎています。
胸がズシリと重くなり、頭の中では最悪のシナリオが次々と浮かびました。
- 授業料約30万円が払えず退学
- 親に迷惑をかける
- 将来のキャリアが途絶える
「マリアナ海溝にでも沈んで、プランクトンに分解されてしまえたらいいのに…」と本気で思いました。
■ 必死の翌朝
翌朝7時に起き、申請書類を手に大学事務へ直行。開門の8時半まで祈るような気持ちで待ちました。
事情を説明しましたが、事務職員から返ってきたのは冷静な一言。
「申請期限を過ぎたものは一切受け付けられません」
当然の対応です。しかし、その瞬間の絶望感は今でも忘れられません。
■ 特別支援学習室との出会い
失意のまま特別支援学習室を訪れ、スタッフに事情を話しました。優しいスタッフがこう提案してくれました。
「ADHDであることを伝えて、合理的配慮をお願いしてみませんか?」
■ 合理的配慮とは?
合理的配慮とは、障害や特性を持つ人が社会で平等に学び、働けるようにするために必要な調整です。
例えば…
- 授業中に集中しやすい席の用意
- 提出期限の延長
- 試験時間の延長
これは特別扱いではなく、「すべての人が同じスタートラインに立つための配慮」なのです。
■ 気づきと決意
私はずっと「努力でなんとかなる」と思い、配慮を受けることを避けてきました。
しかし支援室の先生はこう言いました。
「あなたはずっと自分で努力してきた。でも、努力だけではどうにもならない場面もあります。それは社会があなたに合わせるべき部分です」
この言葉に涙が止まりませんでした。
■ 結末
結局、授業料免除は受理されませんでした。しかし私は親に頼らず、自分でお金を工面して授業料を支払い、この危機を乗り越えました。
この経験を通じて「自分ひとりで抱え込む必要はない」と知り、次に困難に直面したときはもっと周囲に頼ろうと心に決めました。
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