「情けは人の為ならず」という言葉がありますが、ビジネスの現場では「親切にすると損をする」と感じる瞬間も少なくありません。
アダム・グラント氏のベストセラー『GIVE & TAKE』では、実は最も成功している人もギバーなら、最も失敗している人もギバーであるという衝撃的な事実が紹介されています。
この両者を分けるのが「戦略(他者志向)」の有無であり、その中間に位置するのが、私たち日本人の多くが当てはまる「マッチャー(バランスを取る人)」です。
本記事では、成功の鍵を握る「戦略的ギバー(他者志向のギバー)」と「マッチャー」の決定的な違いについて、学術的な背景をもとにわかりやすく解説します。
1. そもそも「3つのタイプ」とは?
本題に入る前に、基本となる3つのタイプをおさらいしましょう。
- テイカー (Taker): 真っ先に「自分の利益」を優先する人。与えるより多くを受け取ろうとします。
- マッチャー (Matcher): 「損得のバランス」を重視する人。「これをしたら、何を返してくれる?」と考え、公平さを求めます。
- ギバー (Giver): 「他者への貢献」を優先する人。受け取る以上に与えようとします。
「成功するギバー」と「搾取されるギバー」
ここで重要なのが、ギバーには明確に2種類のタイプが存在するということです。
- 自己犠牲型ギバー (Selfless Giver):自分の利益を無視して他人に尽くしすぎてしまい、燃え尽きてしまう人(=成功の最下層)。
- 戦略的ギバー / 他者志向のギバー (Otherish Giver):他者に貢献しながら、自分の利益や目的もしっかり追求する人(=成功の頂点)。
今回比較するのは、この「成功の頂点に立つ戦略的ギバー」と、そこそこの成功で止まってしまう「マッチャー」の違いです。
2. 戦略的ギバーとマッチャー:5つの決定的な違い
一見すると、マッチャーも「持ちつ持たれつ」でうまくやっているように見えます。
しかし、思考の根幹は全く異なります。
① 動機の違い:等価交換 vs 全体貢献
- マッチャー: 基本スタンスは「取引」です。「以前助けてもらったから助ける」「助けておけば将来役に立つだろう」という、1対1の等価交換を求めます。
- 戦略的ギバー: 基本スタンスは「貢献」です。「どうすればこの人の役に立てるか?」を純粋に考えます。見返りを即座に求めませんが、結果としてマッチャー以上のリターンを得られることを知っています。
② 時間軸の違い:短期決戦 vs 長期投資
- マッチャー: 短・中期的な貸し借りを気にします。誰かに貸しがある状態や、借りがある状態が長く続くのを好みません。
- 戦略的ギバー: 超長期的な視点を持っています。「今すぐ見返りがなくても、評判や信頼として蓄積され、いつか別の形で戻ってくる」というペイフォワード(恩送り)の仕組みを理解しています。
③ 人付き合いの違い:身内重視 vs オープン
- マッチャー: 自分にメリットがありそうな人や、過去に関係がある人との「強い絆」を重視します。
- 戦略的ギバー: 「ゆるい絆(Weak Ties)」を大切にします。普段あまり接点のない人や、一見メリットがなさそうな人にも親切にします(これを「5分間の親切」と呼びます)。これが、思わぬチャンスや情報をもたらす要因になります。
④ テイカーへの対応:目には目を vs 賢い防衛
ここが最大の違いと言っても過言ではありません。「奪う人(テイカー)」に遭遇した時、どう振る舞うか?
- マッチャー: 「処罰」を与えます。「やられたらやり返す」という心理が働き、相手を攻撃したり、関係をバッサリ切ったりして公平さを取り戻そうとします。
- 戦略的ギバー: 「寛容な反撃」という戦略をとります。基本は信頼して協力しますが、相手が裏切れば「自衛」のために協力を止めます。しかし、相手が態度を改めれば、また協力関係に戻ります。感情的に罰するのではなく、あくまで「自分の身を守る」スタンスです。
⑤ エネルギー管理:損得勘定 vs リソース管理
- マッチャー: 「割に合わない」と感じた時にストレスを感じます。
- 戦略的ギバー: 「自分のリソース(時間・体力)」が枯渇しないように管理します。誰彼かまわず助けるのではなく、「いつ、誰を、どう助けるか」を自分でコントロールしています。
3. なぜ戦略的ギバーだけが「突き抜けた成功」を手にするのか?
マッチャーも組織の中ではうまく立ち回れますが、なぜトップ層は戦略的ギバーが独占するのでしょうか?
理由1:圧倒的な「信頼残高」
マッチャーの親切には、どこか計算高さが透けて見えます。「お返しを期待されているな」と相手が感じると、本当の意味での信頼は生まれません。
一方、戦略的ギバーの行動には下心が感じられないため、「評判」という資産が雪だるま式に増えていきます。これが、誰も予想しなかったビッグチャンスを引き寄せます。
理由2:パイ🍕を広げる思考(プラスサム)
マッチャーは「既存の利益をどう公平に分けるか」を考えがちです(ゼロサムゲーム)。
対して戦略的ギバーは、「協力してパイそのものを大きくしよう」と考えます(プラスサムゲーム)。結果として、自分の取り分もマッチャーより大きくなるのです。
4. 今日からできる「マッチャー」脱却のアクション
多くの人はマッチャー的な思考を持っています。そこから戦略的ギバーへ進化するための、具体的な第一歩を紹介します。
| アクション | 具体的な内容 |
| 5分間の親切 | 相手にとっては大きな価値があるが、自分の負担は5分以内で済むことを毎日行う(人の紹介、知見のシェア、フィードバックなど)。 |
| 休眠人脈の復活 | 数年間連絡を取っていない友人に連絡してみる。見返りを求めず「最近どう?もし困ってることがあったらいつでも言ってね」と聞くだけで、新しい情報のハブになれます。 |
| 助けを求める | 戦略的ギバーは「受け取ること」を拒否しません。自分の目標を周囲に伝え、助けを求めることは、相手に「ギブする機会」を与えることでもあります。 |
5. 結論:賢いお人好しこそが、最強の生存戦略である
戦略的ギバーとマッチャーの違い。それは「計算していない」のではなく、「計算の視座が高い」ということかもしれません。
マッチャーは「目の前の1対1の貸し借り」を計算します。
戦略的ギバーは「ネットワーク全体の長期的な繁栄」を計算し、その中に自分の成功もしっかりと組み込んでいます。
「損をしたくない」と思ってマッチャーのように振る舞うのは、実は一番の機会損失かもしれません。まずは見返りを気にせず、小さな「5分間の親切」から始めてみませんか。
参考文献
- Adam Grant (2013).Give and Take: A Revolutionary Approach to Success. Viking Press.
- 邦訳:アダム・グラント著、楠木建 監訳『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』(三笠書房、2014年)
- Grant, A. M. (2013). “In the company of givers and takers.” Harvard Business Review, 91(4), 90-97.
- Grant, A. M., & Berry, J. W. (2011). “The necessity of others is the mother of invention: Intrinsic and prosocial motivations, perspective taking, and creativity.” Academy of Management Journal, 54(1), 73-96.
- Granovetter, M. S. (1973). “The Strength of Weak Ties.” American Journal of Sociology, 78(6), 1360–1380.


